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「真面目さに、
変革のスピードを」
─ 日本化薬らしさを
守りながら、
変化への
対応力を強化する
代表取締役社長
社長執行役員川村 茂之
2025年6月より、日本化薬株式会社の代表取締役社長を拝命いたしました川村でございます。まずは、平素より当社に格別のご支援とご高配を賜っておりますみなさまに、心より御礼申し上げます。
前社長・涌元から社長就任の打診を受けたのは、2025年の初頭のことでした。私にとってはまさに予期せぬ出来事であり、しばし言葉を失うほどの驚きがありました。しかし、これまでの会社人生を振り返りながら、涌元の言葉に耳を傾けるうちに、「日本化薬の未来に、これまで以上に貢献できるまたとない機会ではないか」と感じられるようになり、この挑戦を運命として受け止め、全身全霊をもって取り組む覚悟を決めた次第です。
私は1987年に新卒で入社し、当時は「MR(医薬情報担当者)」という呼称もまだ一般的ではなく「プロパー」と呼ばれていた医薬営業職に配属されました。最初の勤務地は大阪で、病院やクリニックを回りながら、製品をご採用いただくためにはまず医師の心に寄り添うこと、そのためにコミュニケーションを密にして、信頼を築く姿勢が何よりも重要であることを学んでいきました。この経験は、私のキャリアの原点であり、今もなお「製品をご使用いただくには、まずお客様から信頼されることが出発点である」という信念の礎になっています。
医薬営業として大阪・東京・三重で計19年間従事した後、自動車安全部品を扱うセイフティシステムズ事業へ異動し、原料購買という全く異なる分野に挑戦しました。まるで別の会社に転職したような心持ちでしたが、「与えられた環境でベストを尽くす」という想いで前向きに取り組み、次第に面白さを感じられるようになりました。そしてこれまでの19年以上の間に、事業の黒字転換や売上の大幅な伸長、グローバル拠点の立ち上げ、中国拠点での総経理経験など、多くの貴重な機会に恵まれました。こうした中でも、医薬営業時代に培った「信頼関係の構築」の重要性は常に私の行動の軸であり、事業活動を円滑に進める上で欠かせないものでした。
2023年からは事業再編により、セイフティシステムズ事業と偏光板のポラテクノ事業が統合され、「モビリティ&イメージング事業領域」が誕生しました。私はその管掌役員として、両事業の融合と成長に尽力してまいりました。しかしその過程では、ポラテクノ事業の合理化を進める中で、早期退職者の募集という、組織としても個人としても重い決断を迫られる局面がありました。長年にわたり会社を支えてくださった方々に対し、その選択をお願いすることは、経営者として極めて苦しく、深い葛藤を伴うものでした。未来を見据え、変化を先取りし、持続可能な成長の道筋を描くことこそが、従業員一人ひとりの幸せにつながります。この経験を通じて、私は改めて経営者の責任の重さを痛感し、今後はより一層、先見性を持ち、迅速に判断・行動できる経営を実践していきたいと決意を新たにしました。
日本化薬グループは、2025年度に中期事業計画「KAYAKU Vision 2025(KV25 ) 」の最終年度を迎えました。KV25 期間中、売上高は堅調に推移し、毎年過去最高を更新しました。その結果、2025年度の売上高は2,346 億円と、前年度から120億円の増収、当初計画と比べて46億円上回る見込みです。
一方で、営業利益は200億円と、前年度から4億円の減益、当初計画と比べて65億円の未達となる見込みです。この未達の背景には、原材料価格の高騰、人件費の上昇、為替の変動など、外部環境の影響が大きく関与しています。
しかし、私たちはKV25 期間中、こうした外部要因に左右されないように「収益力を強化」することを最大の課題として掲げてきました。柔軟に環境変化へ対応することを目指していたにもかかわらず、最終年度に営業利益が計画を下回ってしまうことは、私たち自身にも改善の余地があったと感じています。特に、意思決定の遅れ、リスクへの過度な慎重姿勢、情報整理の不十分さなどによって、対策が後手に回ってしまったことは、率直に反省すべき点です。今後は、事業環境の変化に迅速かつ的確に対応できる企業体質へと、自ら変革する必要があります。
セグメントごとに今後の課題の性質は異なりますが、共通して求められるのは変化への対応力です。モビリティ&イメージング事業領域では、中国市場の急速な変化に柔軟に速く対応していくことが求められます。またファインケミカルズ事業領域では、半導体関連製品の競争が激化する中、技術力を活かしながら提案できる材料の幅を拡げていく必要があります。ライフサイエンス事業領域では、がん関連のジェネリックやバイオシミラーなど、当社の得意分野を集約し、新薬による収益構造の転換を一層加速させていくことが重要です。
企業にはそれぞれ「らしさ」があります。日本化薬の「らしさ」といえば、誠実さと真面目さです。これは長年にわたり築かれてきたお客様からの信頼の源泉であり、私たちの誇りでもあります。しかし、技術革新や地政学的リスク、市場そのものの変化など、事業環境の激しい動きが加速する今、真面目さだけでは競争に勝つことはできません。私たちは、スピード感と柔軟性を「日本化薬らしさ」に加えることを常に意識する必要があります。これは、KV25 から次期中期事業計画へ受け継ぐべき、最も重要な課題です。
日本化薬は、基盤技術を時代のニーズに合わせて進化させ、時には社外の技術とも融合させながら、新たな製品を生み出してきました。今後も、当社の製品・技術・サービスを国内外の幅広い市場でご採用いただき、日本化薬ブランドの認知をさらに高めるためには、ステークホルダーのみなさまから「ワクワク」してもらえる、すなわち夢のある新規開発テーマを継続的に生み出し、育てていくことが欠かせません。
KV25 では収益力の強化につながる、「新事業・新製品の創出」に力を注いできました。そして最終年度を迎えた今、大きな可能性を秘めた新しいテーマが着実に生まれてきています。
例えば、セイフティシステムズ事業では、宇宙火工品の開発テーマがスタートしました。自動車用安全部品で培った火工品技術をロケットの推進機構に応用することで、燃料の軽量化や積載効率の向上に貢献することを目指しています。自動車安全部品のノウハウが宇宙開発へと展開され、付加価値を大きく高める―まさに技術の可能性を最大限に引き出した好例です。このテーマは、ある研究員の「うちの技術、宇宙でも使えそうです」という、何気ない気づきから始まりました。私自身、当初は彼の言葉に半信半疑な部分もありましたが、前向きに可能性を信じて背中を押した結果、社外との協力体制のもと開発は順調に進み、実際に打ち上げ予定のロケットに当社製品が採用されるまでになりました。
そのほかにもKV25 期間中には、各事業領域において新たなテーマが次々と生まれました。医薬事業では、バイオ医薬品の国内初となる大規模生産の実現に向けた取り組みが進んでおり、ファインケミカルズ事業領域では、水素製造用触媒の開発など、環境・エネルギー分野の開発プロジェクトが複数立ち上がっています。
これからも日本化薬グループは、従業員一人ひとりが社会課題の解決に向けたアイデアを創出し、可能性のあるテーマには会社が積極的に投資を行う、研究開発型企業としての姿勢を貫いていけるように、全力で取り組んでまいります。
これまで述べてきたように、日本化薬グループがスピード感と柔軟性をもった企業として生まれ変わることや、新たな可能性を秘めたテーマを多数創出するといった課題は、認識するだけでは実現できません。こうした経営課題に真正面から取り組むための支えとなるのは、最終的には「人」の力だと私は考えています。「企業は人なり」という言葉は、私がこれまで大切にしてきた、そしてこれからも守り続けたい信念です。どんなに優れた戦略や革新的な技術があっても、それを動かすのは人であり、課題を乗り越えるのも人の力です。
中でも、組織の力を引き出すリーダーの存在は極めて重要です。社長、役員、部長、課長、現場のリーダーまで、社内のすべての階層のリーダーは、組織の仕事を「自分ごと」として責任を持ち、決断し、行動することが求められます。リーダーとは、単に指示を出す存在ではなく、「やろう」と、ともに動く存在です。トヨタ自動車の豊田章男会長が社長時代に紹介された「ボスはやれと言う。リーダーはやろうと言う。」という言葉に、私は深く共感しています。部下の役割分担を決めるだけではなく、自らも率先して関与し、信頼関係を築きながら成果を導く—それが真のリーダーの姿であると考えています。そして、各レイヤーにおけるすべてのリーダーが「やろう」と言える組織であれば、困難な経営課題も果敢に乗り越えていけると考えています。
このような組織の実現のためには、社内教育の強化や適切な人材配置がこれまで以上に重要になります。現在の当社の教育制度の一つとして、「NBA(日本化薬ビジネスアカデミー)」という、経営陣が次世代の幹部候補に直接講義をする機会があります。私はNBAを通じて、心構えや責任の持ち方、そして読書や先輩からの学びを通じて教養と気づき力を高め、常にリーダーとして自己研鑽を続ける姿勢の大切さを伝えています。
人的資本の活用が注目される今、当社はまず「リーダー」に焦点を当て、多くの優れたリーダーを育むことで経営課題を着実に解決し、企業全体の意思決定スピードと実行力を高め、事業の伸長はもちろんのこと、資本効率の高い経営の推進など当社グループの持続的な成長につなげていきたいと考えています。
日本化薬は、誠実で真面目な従業員が集う企業です。お客様からは「真面目すぎる、けれど信用できる会社」と言われることもあります。しかし、それこそが私たちの財産であり、これからも変わらない文化であると考えています。
今後はこの誠実さに加えて、従業員一人ひとりの力を信じ、リーダーシップを育みながら、組織全体でスピード感のある変革に取り組んでいきます。また、現場からの気づきをしっかり拾い上げて、積極的に新しいテーマへ挑戦し、企業としての底力を高めてまいります。
日本化薬グループは、株主・投資家のみなさまとの対話を大切にしながら、創業から受け継ぐ基盤技術を時代のニーズに合わせて進化させて、社会に貢献する製品・技術・サービスを創出し、持続可能な成長を実現していく所存です。
どうかこれからも変わらぬご愛顧を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
2025年10月31日
代表取締役社長


Nippon Kayaku Group統合報告書2025の印刷版は、環境に優しいデジタルインクジェット印刷を使って制作されています。
詳細は、本紙P.40 のファインケミカルズ事業領域「水系顔料インクジェットインクの伸長に向けて」をご覧ください。
