創業精神と経営理念

日本化薬の経営の考え方や当時の時代背景と併せて企業ビジョンの変遷をご紹介します。

事業経営の信念(山本条太郎)

1.我が国の産業を振興し、輸入を防遏し、輸出を拡大して国際収支の改善に資する 2.天然資源を開発し、国富の増強に資する 3.東亜各域の資源と産業を開発振興して、以って我が国経済の発展に寄与する

1914年に三井物産を辞した後、1920年に政界入りするまでの間に、山本条太郎は化学工業、鉱山事業、電力事業、繊維工業、南洋の事業など続々と30社以上を手掛けた。国の力を世界的に発展させることを、私的な事業を進める上でも絶えず念頭においた。
1914年に勃発した第一次世界大戦により、爆薬類も他の民需品同様、輸入が困難となり、極端な品不足なった。山本条太郎は合名会社鈴木商店と茂木合名会社の3者で、1916年に初の民間爆薬製造会社を誕生させた。

1922年6月、民間爆薬製造会社の設立が相次ぐ中で、輸入業者も加わった熾烈な競争に耐え抜く経営体制が求められ、山本条太郎は自ら二代目の社長に就任した。

日本火薬製造も爆薬製造のみでなく、資源の開発、産業の振興に寄与するためには導火線、雷管などの火工品を含めた火薬事業の総合化が望ましいと考えていたので、社長就任後この考えを具体的に推進した。

社章・三つの商標

会社章および火薬商標 染料商標 医薬商標

創業以来、火薬・染料・医薬事業は異なった商標を使用していた。火薬の商標が社章を兼ねていた。

社是と経営の精神(原安三郎) 1962

「社是」: 良心の結合 不断の進歩 最良の製品
「経営の精神」: 1.優秀なる製品を安価に大量に顧客に提供することにより社会に奉仕する。 2.国際的水準を超越せる優れた技術を開発し、輸入の防遏、輸出の増進を図る。 3.企業の内容を充実しその機能を発揮するに努め、国民生活の向上に資し国家社会の福祉に貢献する。 4.人材を啓発育成し、その全能力を企業のため充分発揮せしめるよう適所に適材を配置する。 5.高生産性は高配分を生むの原則に依り、企業の得た成果を企業の永久性を確保して企業の内外関係者に公正に配分する。

1955年から18年間続く高度経済成長が始まった。1960年7月、池田内閣が誕生し、国民所得倍増計画を政策の目玉として掲げた。1961年から1970年の経済成長年率の実績は10.9%。国民一人当たりの消費支出は10年で2.3倍となり、「東洋の奇蹟」と呼ばれた。
1962年1月、三代目社長 原安三郎はデミング賞への挑戦を決意する社長布告を行った。この中で「良い製品を安く社会に提供するのは日本化薬の一貫した基本方針」であることを強調した。原社長はこれを機に、経営理念を社員に広く徹底理解させるため、同年11月20日に経営理念を明文化した「社是」と「経営の精神」を制定した。

経営と行動の基本(坂野常和) 1980

“創造・挑戦・信頼”

世界的に景気が沈滞している最中の1979年、石油輸出国機構(OPEC)の相次ぐ原油値上げによる第二次石油危機が発生し、世界経済は深刻な不況に引きずり込まれていった。我が国の経済政策もインフレ抑制策に切り替えられ、公定歩合は一年足らずのうちに5回も引き上げられ、1980年3月には9.0%という過去最高水準にまで達した。景気は一気に冷え込み、消費は低迷し、貿易摩擦などから輸出にも活路が見いだせなくなっていた。同年12月、当社では、近藤潤三社長が副会長となり、後任社長には専務取締役の坂野常和が就任した。坂野社長は新時代に即応できる体制づくりを唱え、その前提となる日本化薬の姿を「生命と健康を守り、豊かな文化生活を支える製品と技術で、人類に貢献し続ける会社」と定義し、この理想を達成するため、“創造・挑戦・信頼”を経営と行動の基本に掲げた。

新社章の制定 1986

1986年6月、創立70周年を機に、統一した社章(コーポレート・シンボル)を制定し、21世紀へ向けての事業活動の原点とした。
2つの正円は人と人、当社と社会の信頼を意味し、中央の空間は世界であり、地球であり、宇宙を意味している。そして、2つの楕円は当社の2つの技術(医薬と化学)を意図し、飛翔することによって絶えざる創造と挑戦を表現している。コーポレート・カラーは、新しい時代に呼応する若々しいブルーとし、これを“日本化薬ブルー”と名付けた。

KAYAKU spirit(島田紘一郎) 2007

勝ち組となるには、高い経済成長率の国や地域の市場を取り込むことが必須であることが明らかになっていた。海外の子会社も増え、日本化薬グループは日本化薬の国内6工場、4研究所をはじめ国内外に57のグループ会社を持つグローバル企業となった。一方、世界市場の変化のスピードは一段と加速し、企業間競争は一層激しくなってきた。勝ち残ることが出来る企業は変化のスピードに対応できる企業のみであるという考えから、変化に効率的に対応していくために日本化薬グループとして、進むべき方向(ベクトル)を全員で共有することを目的として2007年6月、八代目社長の島田紘一郎が KAYAKU spirit(企業ビジョン)を制定した。
社是である「最良の製品、不断の進歩、良心の結合」が明文化されており、なかでも「良心の結合」は日本化薬グループ独自のもので、社員全員でベクトルを共有し、心を併せて最良の製品を作り出していく考え方である。
2009年には、企業の社会的責任を果たしながら、厳しい企業間競争を乗り越えて永続的に存続していくために、変わらず持ち続けたいという思いから KAYAKU spirit を「最良の製品を不断の進歩と良心の結合により社会に提供し続けること」とした。

KAYAKU spirit[改訂](萬代晃) 2011

2011年より、社会的にCSRに基づいた経営を行うことが要求されていることを背景に、日本化薬グループにおいてもCSR経営の実現に向けて事業を進めている。

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