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日本化薬の歩み

基盤技術を融合・変化させながら、時代のニーズに応える最良の製品で社会に貢献してまいりました。

  • 1916〜1945 日本化薬の誕生
  • 1946〜1972 復興から成長へ
  • 1973〜1999 基盤技術の発展・融合
  • 2000〜2016 Smart Chemicals Company®へ

 日本化薬グループの前身である日本火薬製造は、第一次世界大戦により、当時のエネルギー源を担っていた石炭の採掘に使うダイナマイトの輸入が滞り、深刻な品不足に陥ったことから、1916年に日本で最初の民間産業用火薬メーカーとして設立されました。また、同年、当時9割以上を輸入に頼っていた合成染料の国産化を目的に、帝国染料製造が設立されました。その後、合成染料の中間体が医薬品に応用できることから、1931年に山川製薬が設立され、消炎鎮痛剤「アスピリン」の初の国産化に成功しました。
 太平洋戦争末期、従業員が戦争に動員され物資も少なくなってきた中、難局を乗り切るため、創業者グループを同じくするこの3社は、1943年、日本火薬製造に吸収合併という形で一つになりました。これにより、火薬、染料、医薬という現在の事業の礎が形成されました。そして、戦後の1945年12月、社名を現在の日本化薬株式会社に変更し、総合化学メーカーとして再スタートを切りました。

1916年

日本火薬製造設立、翌年日本初の産業用ダイナマイトを製造開始

山桜ダイナマイト第1回製造記念

1916年

帝国染料製造設立、硫化染料ブラックの国産化に成功

帝国染料製造の広告

1931年

山川製薬を設立、翌年国産初の「アスピリン」を発売

1931年

殺虫・殺菌・土壌燻蒸剤「クロールピクリン」の製造開始

1935年

三代目社長原安三郎就任

1943年

帝国染料製造と山川製薬を吸収合併

1945年

日本化薬に社名変更

 戦後の経済復興期には、エネルギー供給に向けた大規模水力発電所の建設が追い風となり、火薬の生産量が飛躍的に伸びました。また、医薬部門では、抗生物質「ペニシリン」を事業の中心に据え、その普及を図ることで、感染症の治療や撲滅に貢献しました。
 高度成長期には戦後の復興を支えてきた石炭産業が衰退し、石油や天然ガスが主力となるエネルギー革命の時代を迎え、火薬の需要は新幹線、高速道路などの交通インフラを整える土木事業へとシフトしました。その頃、国内の繊維業界は黄金期を迎え、化学繊維向け染料事業も拡大しました。
 また、医薬部門では、抗がん薬「ブレオ®」を発売しました。
 1962年にはデミング賞への挑戦を機に、三代目社長原安三郎が社是「良心の結合、不断の進歩、最良の製品」を制定、品質管理を徹底しました。翌年の受賞とその後のTQC(Total Quality Control)活動の継続は、当社の現状打破と近代化に大きく貢献し、その精神は、現在の企業ビジョン KAYAKU spirit として受け継がれています。

1948年

抗生物質「ペニシリン」の製造開始

1949年

東京証券取引所に上場

1951年

直接染料「カヤラス染料」を発売

1954年

蛍光染料を開発

1957年

殺虫剤「ダイアジノン」原体の製造開始

1959年

「C型瞬発電気雷管」を発売

1962年

起爆薬DDNPの製造などで大河内記念生産賞を受賞

1962年

社是制定

三代目社長原安三郎揮毫による社是

1963年

デミング賞実施賞を受賞

デミング・メダル

1969年

エポキシ樹脂の製造開始

1969年

抗がん薬「ブレオ®」を発売

1972年

アクリル酸製造用触媒の製造開始

 1970年代の石油危機の際、当社は変化に対応するために組織の大改革を実施し、火薬事業部、染料事業部、医薬事業部、農薬事業部の4事業部制を導入しました。そして、成熟事業の縮小・合理化や、高収益が期待できる医薬事業などへの積極的な投資を行うことで、試練を乗り越えてきました。
 1980年には、日本化薬のあるべき姿を、「生命と健康を守り、豊かな文化生活を支える製品と技術で、人類に貢献し続ける会社」と定義しました。その後、染料事業は化学品事業へと変化を遂げ、また、火薬技術を応用することでセイフティシステムズ事業へとつながるエアバッグ用インフレータの開発にも成功するなど、基盤となる技術を融合・変化させることで、時代のニーズに応える新しい事業や製品が誕生しました。

1979年

紫外線硬化型樹脂「DPHA」の製造開始

1984年

抗がん薬「ランダ®」を発売

1986年

社章制定

1991年

偏光フィルムを手掛けるポラテクノ設立

1992年

エアバッグ用インフレータの量産開始

1995年

日本化薬フードテクノ設立

1996年

中国に無錫先進化工設立

1998年

マイクロガスジェネレータの量産開始

1999年

インデット セイフティ システムズ(チェコ)に資本参加

1999年

インクジェットプリンタ用色素の製造開始

 1962年制定の社是を基に2007年に制定した企業ビジョン KAYAKU spirit では、会社のあるべき姿を「最良の製品を不断の進歩と良心の結合により社会に提供し続けること」としました。これは、「社会の要請に応え、貢献する」という創業の原点から引き継いだ精神です。
 近年では、機能化学品事業における環境保全に対するニーズの高まりを受けての環境対応型エポキシ樹脂の開発、自動車安全部品の世界的なニーズの高まりを受けてのセイフティシステムズ事業のグローバル展開や、医療費の効率化を通じて社会への貢献が期待されるバイオ後続品の発売など、創立時よりファインケミカルのパイオニアとして培った技術を変化させ、グローバルな「スマート ケミカルズ カンパニー」として時代に必要とされる最良の製品を提供することで社会に貢献し、着実な成長を遂げています。

2002年

中国に化薬化工(無錫)設立

2002年

ハロゲンフリーの環境対応型エポキシ樹脂「NC3000」の製造開始

2006年

中国に化薬(湖州)安全器材設立

2007年

カヤク セイフティシステムズ デ メキシコ設立

2007年

KAYAKU spirit 制定

2008年

カヤク・ジャパン発足

2008年

マイクロケム(米国)に資本参加

2012年

カヤク セイフティシステムズ マレーシア設立

2014年

日本初の抗体医薬のバイオ後続品「インフリキシマブBS」を発売

2014年

本社を丸の内の明治安田生命ビルへ移転

2016年

創立100周年

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